心の扉が開いている人と、閉じている人

心の扉が開いている人と、閉じている人

人が集まる場所にいるのに、なぜか居心地が悪い。

誰かと話しているのに、なぜか寂しい。

そんな経験はありませんか?

人と人との間には、言葉だけではない「交流」があります。

私は、この心の交流というものは、私たちが生きていくうえで、とても大切なものだと思っています。

車を動かすためにガソリンが必要なように、心にも、人との交流によって生まれるエネルギーがある。

誰かと心が通じ合ったとき、不思議と元気になったり、安心したり、「また頑張ろう」と思えたりする。

それは、心がエネルギーを受け取っているからなのかもしれません。

目次

心には「扉」がある

人の心には、扉があるように感じます。

その扉が開いているとき、人は自分のことを素直に表現できる。

相手の言葉や感情も受け取ることができる。

そこには、言葉を超えた交流が生まれます。

反対に、心の扉が閉じていると、どれだけ会話をしても、どこか距離を感じる。

たとえば、インターホン越しに話しているような感覚です。

声は聞こえる。

言葉も交わせる。

でも、相手のいる場所には入っていけない。

そんな状態で長く人と関わっていると、寂しさや虚しさを感じてしまうことがあります。

夫婦や恋人、親子、友人など、以前は心が通じ合っていた関係が、いつの間にかうまくいかなくなってしまう。

その背景にも、こうした「心の扉」が関係しているのかもしれません。

では、閉じた扉をどうやって開くのか

ここで、とても大切なことがあります。

相手の心の扉を、こちら側から無理やり開くことはできません。

心の扉のドアノブは、内側にしかついていないからです。

いくら「心を開いて」と言っても、

「もっと素直になって」

「本音を話して」

「あなたのためを思って言っているのに」

と迫っても、それだけで心が開くわけではありません。

では、人はどんなときに、自分から心の扉を開こうとするのでしょうか。

私は、そのヒントのひとつが、古事記に描かれた天岩戸の物語にあるように感じています。

天岩戸の物語

天照大御神が岩戸に隠れてしまい、世界から光が失われた。

そこで神々は、岩戸の前で神楽を行い、宴を開きました。

外から無理やり岩戸をこじ開けようとしたのではありません。

楽しそうな声。

笑い。

美味しいもの。

そして、心を解放した舞。

その様子が気になった天照大御神が、少しだけ岩戸を開けて外の様子を覗いた。

その瞬間、天手力雄命が岩戸を開き、再び世界に光が戻っていく。

私はこの物語を、心の扉にも重ねて見ることがあります。

人の心を開かせるのは、力づくではない。

その人自身が、

「ここなら開いても大丈夫かもしれない」

と思えるような何か。

そして、最後に扉を開くのは、その人自身の素直な心なのではないでしょうか。

素直な心が、世界を動かす

純粋で素直な心には、不思議な力があります。

自分の内側にあるものを素直に感じる。

嬉しいときは嬉しい。

悲しいときは悲しい。

誰かを大切だと思ったら、その気持ちを大切にする。

そんなふうに、自分の心を閉じ込めずに生きること。

それが、自分自身の魂を良い方向へ向かわせる力になるのではないかと思います。

一方で、今の世界には、人の心を開くどころか、心の隙間につけ込むようなものもたくさんあります。

「あなたのため」と言いながら、自分の利益のために人を動かそうとするもの。

心を開かせるように見えて、実際には依存させてしまうもの。

だからこそ、これからは「本物」を見分ける感覚も、ますます大切になっていくのかもしれません。

AIの時代だからこそ

最近では、AIと話すことで、人とのコミュニケーションをあまり必要としない人も増えてきました。

それは決して悪いことではありません。

AIにはAIの良さがあります。

いつでも話を聞いてくれる。

必要な情報を教えてくれる。

考えを整理する手助けもしてくれる。

でも、人間同士だからこそ生まれるものもあります。

表情。

声の揺らぎ。

沈黙。

その場の空気。

言葉にならない感覚。

そして、お互いの心が開いたときに生まれる、予測できない交流。

それは、効率だけでは測れないものです。

これからの時代、人と人との「本物の交流」は、もしかすると今まで以上に貴重になっていくのかもしれません。

だからこそ、本物の人や、本物の交流は、逆に見つけやすくなるのではないかとも思います。

周りが閉じていくほど、心を開いている人は、光のように目立つからです。

まず、自分の心の扉を開いてみる

もしあなたが、

「誰かと本当に心を通わせたい」

「もっと深いところで人とつながりたい」

「表面的な付き合いではなく、本物の交流がしたい」

そう思うのであれば。

まずは、相手の扉を開こうとする前に、

自分の心の扉を開いてみる。

それが最初の一歩なのかもしれません。

自分が心を開けば、相手も必ず開く。

そんな単純な話ではありません。

相手の扉を開けることは、相手にしかできないからです。

それでも、自分が心を開いてそこにいることで、

「ここなら安心して扉を開けるかもしれない」

そう感じてもらえることはある。

天岩戸の外で、神々がただ岩戸を壊すのではなく、光の戻る世界をつくったように。

人の心も、無理やり開かせるものではなく、

「開きたくなる世界」を共につくっていくものなのかもしれません。

NijiT ARTでは、そんな「心が開いていく瞬間」や、人の内側にある世界に、アートを通して触れていきたいと思っています。

自分の中にあるものを感じる。

イメージする。

表現する。

そして、自分とは違う誰かの世界にも触れてみる。

そこから、本当の意味での「交流」が始まるのかもしれません。

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